新幹線に乗り込んで数分後、斜め前の男性が怒鳴った。
彼は靴を脱ぎ、両足を前の座席に投げ出していた。
隣の席には大きなリュック。
スマホからは、短い動画の音声が車内に響いていた。
私がスマホを向けたのは、彼の顔を撮るためではない。
占領された座席。
通路へ飛び出した脚。
網ポケットに押し込まれた空のペットボトル。
その状況を、時刻と一緒に記録するためだった。
男性は、そんな事情も知らずに私をにらんだ。
「他人を勝手に撮るとか、気持ち悪いんだけど」
私は静かに答えた。
「通路に脚が出ています。危ないので戻してください」
すると彼は鼻で笑った。
「お前、車掌でもないだろ?」
そう言って、わざと脚をさらに高く上げた。
その直後だった。
幼い男の子を連れた母親が、通路を通ろうとした。
しかし、男性の脚と床に置かれた荷物が邪魔で通れない。
男の子の足がバッグに引っかかり、体が前へ傾いた。
母親が慌てて腕をつかんだため転ばずに済んだが、あと少し遅ければ座席の角に顔をぶつけていた。
「すみません。子どもが通るので、脚を下ろしていただけますか?」
母親が頭を下げた。
男性はイヤホンを外し、露骨に舌打ちした。
「子連れで新幹線なんか乗るからだろ」
「邪魔なら普通列車で行けば?」
車内の空気が凍った。
母親は何も言い返せず、男の子の手を強く握った。
私は席を立った。
「ここは公共の車内です」
「あなたの部屋ではありません」
男性は笑った。
「正義の味方のつもり?」
「ただのうるさいおばさんじゃん」
さらに同行していた友人へスマホを渡した。
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