佐藤巧、二十八歳。八年前、母が佐藤製作所の社長――佐藤雅人と再婚したことで、私は「佐藤家の連れ子」になった。
血はつながっていない。だが私は、家族になったつもりで生きてきた。母が「ここで一緒に暮らしていけるわよ」と微笑んだあの日から、私は佐藤製作所の看板を背負い、営業と技術の両方を担い、取引先の信頼を一から積み上げた。入社当時の売上を三倍に伸ばしたのも、品質クレームをゼロに近づけたのも、現場に足を運び、図面と機械の声を聞き続けた結果だった。
母は三年前に他界し、家には父と妹が二人――美咲(二十五歳・事務)と結衣(二十三歳・大学生)が残った。私は「兄」としても「右腕」としても、崩れかけた家を支えたつもりだった。父の背中に、何度も「助かった」と言わせた。だからこそ、将来は自然に会社を継ぐのだと、どこかで信じ切っていた。
その日は、いつも通りの月曜日だった。資料を整え、田中製作所の大型案件の見積りを確認していると、受付の山田さんが駆けてきた。
「巧さん、社長が応接室でお待ちです。弁護士の山田先生も……」
弁護士。胸の奥がざわつく。契約の話か、あるいは――と、私は一瞬だけ「後継者指名」の可能性に希望を見た。だが、応接室の空気は冷たかった。
父の表情は硬く、山田弁護士は言葉を選ぶように視線を落としている。
父は沈黙のまま、書類を机上に置いた。
「巧。将来のことを整理する。遺産と会社の株は、美咲と結衣に相続させる」
理解が追いつかない。私は微笑む準備をしていた手を止めた。
「……父さん、それは……」
父は、氷のような声で続けた。
「お前は連れ子だ。血がつながっていない以上、一円も渡さん」
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引用元:https://www.youtube.com/watch?v=u8o-WVbGV5s,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]