年末年始になると、私の家は私の家じゃなくなる。
ここは私が毎日暮らしている場所なのに、居場所がなくなる。
夫の実家の人たちが「正月はこっちの方が便利だから」と言って、当然のように一か月近く滞在する。最初は「賑やかでいいね」と笑って受け入れていた。でも気づけば、私はこの家の“人”じゃなく、“機能”になっていた。
席も決まっている。
リビングの暖かい奥は義母と息子たち。
その横に孫の男の子たち。
私はドアに一番近い冷たい席。娘もその隣。
料理が並んでも、自然と男たちの皿が先に満たされる。私は足りない分を後で食べる。娘が小さな声で言った。
「ママ、あの豆…食べてみたい」
豌豆の煮物だった。緑色がつやつやしている。でも私たちの卓には回ってこない。私は笑ってごまかしたけれど、胸の奥がひりついた。
ああ、この子、私と同じ場所に座らされている。
食事が終わると、台所に立つのは私だけだ。
山のような皿と鍋。湯気で手が赤くなるころ、リビングからは笑い声。夫の声も混じっている。でも、私を呼ぶ声はない。
助けて、とはもう思わなくなっていた。
ただ、静かに疲れていくだけ。
節分の日、豆まきの準備が始まった。
「鬼は外、福は内!」
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