霧雨が細く降り続く午前、都心から離れた丘の上の墓地は、いつも以上に静まり返っていた。黒塗りの車がゆっくりと砂利道を進み、やがて一基の墓前で止まる。降り立ったのは、名門財閥の会長である鷹司 恒一と、その妻・鷹司 恒一郎夫人の澪だった。二人の足取りは重い。今日は、一人息子・悠真の命日である。
澪は花束を胸に抱え、墓石の前に膝をついた。
磨かれた石には、短い名前と、淡い写真が嵌め込まれている。澪の指先がその写真の縁をなぞり、震えた声がこぼれた。
「パパ…もうすぐ会いに行くよ…」
言葉は祈りというより、ずっと胸に押し込めてきた決意の告白に近かった。会長は背後で黙って手を合わせたが、その背中は年齢以上に小さく見える。悠真を失ってから、彼は財閥を守るために強くあろうとし、澪は家を支えるために微笑んできた。けれど命日だけは、二人とも仮面を外してしまう。
その時だった。風が一度だけ強く吹き、墓地の奥から乾いた物音が響いた。石段の下、木立の影に人が倒れている。澪が息をのむ。会長が反射的に駆け寄ると、そこには十代半ばほどの兄妹が折り重なるように横たわっていた。
兄の頬は青白く、妹の手は冷えている。だが、妹の指先はかすかに動き、唇が何かを探すように震えた。
「大丈夫か。聞こえるか」
会長の声は低く、周囲の静寂に不釣り合いなほど緊迫していた。澪は咄嗟にバッグからハンカチを取り出し、妹の額の冷たい汗を拭う。すると妹は薄く目を開け、焦点の合わない視線で澪の顔を見上げた。
「……ここ、悠真さんの……」
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