病室に入った瞬間、私は違和感を覚えた。
消毒液の匂い、機械音、白すぎる照明――それらよりも、夫の視線があまりに冷たかったからだ。
「余命は三ヶ月だそうだ」
淡々と告げたあと、彼は続けた。
「だから遺言書を書いた。家も土地も、すべて十三歳の息子に渡す。お前には一銭も残さない」
言葉の意味を理解するまで、数秒かかった。
息子――その一言で、胸の奥が凍りつく。
「……息子?」
問い返す私を、夫は見下ろした。
「お前が泣きながら不妊治療に通っていた間、俺にはもう子どもがいた。正式に籍も入れてある。別の名前でな」
十九年間、連れ添った夫の口から出たとは思えない言葉だった。
私は出版社の仕事を辞め、彼のために家庭を守り、義母の冷たい視線に耐え、不妊治療で体を削ってきた。
「私たち、二人でも幸せになれるって……あなた、言ったじゃない」
絞り出した言葉に、夫は鼻で笑った。
「覚えてないな。跡継ぎが欲しかっただけだ。子どもを産めない女に価値はない」
心電図の規則的な音が、まるでカウントダウンのように響く。
私は椅子の肘掛けを握りしめ、ようやく言った。
「……離婚するわ」
夫は驚きもしなかった。
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引用元:https://www.youtube.com/watch?v=vAYflOBisr4,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]