父が亡くなり、実家の書斎を片づけていたときのことだった。
引き出しの奥、古い便箋の箱の下から、紐でまとめられた手紙の束が出てきた。
数えてみると、四十数通。
すべて父の字で、宛名には同じ名前が書かれていた。
「拓也様」
住所はない。
封筒には切手が貼られているものもあったが、どれにも消印がない。
一度も投函されなかった手紙らしい。
さらに気になったのは、その日付だった。
いちばん古いものは、私が生まれる少し前。
今から40年近く前に書かれていた。
新しいものは、父が亡くなる数年前の日付だった。
つまり父は、何十年もの間、同じ「拓也」という人物に手紙を書き続けていたことになる。
それなのに、一通も送らなかった。
父の友人だろうか。
昔の仕事仲間か。
親戚の名前を思い浮かべても、拓也という人には心当たりがなかった。
その日の夜、私は居間にいた母に何気なく尋ねた。
「お母さん、拓也さんって人、知ってる?」
母は洗濯物を畳んでいた手を止めた。
ほんの数秒だった。
けれど、その反応で私はすぐに分かった。
母はその名前を知っている。
「お父さんの机から、手紙が四十通くらい出てきたんだけど」
そう続けると、母の顔が少し硬くなった。
「……その人のことは、もういいの」
「知ってるの?」
「放っておいて」
普段の母からは想像できない、突き放すような言い方だった。
私はそれ以上聞けなかった。
ただ、拓也が父にとって単なる知人ではないことだけは分かった。
数日後。
もう一度、手紙の束を整理していたときだった。
父から拓也へ宛てた封筒とは明らかに違う、一通の古い封筒が混ざっていた。
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