「通訳がいない。このままでは病歴が確認できない」
救急室に緊張が走っていた。
交通事故で運ばれた外国人男性は、胸の痛みと呼吸困難を訴えている。
だが英語でしか話せず、薬や既往歴すら正確に確認できない。
私は廊下の隅で、その声を聞いていた。
22年間、ここで床を磨いてきた。
医師でも看護師でもない。
皆が知っている私は、ただの清掃員だった。
「私がお手伝いしましょうか」
そう言った瞬間、看護師たちから笑いが起きた。
「掃除のおばあさんが医療通訳?」
「患者の命がかかっているんですよ」
数時間前にも同じことがあった。
外国人医師が道に迷っていたので英語で声をかけようとしたところ、途中で看護師に押しのけられた。
スペイン人医師を助けようとした時も、
「余計なことをしないで」
と言われた。
私は説明しなかった。
自分が何者だったのかを話す必要など、もうないと思っていたからだ。
だが今回は患者の命がかかっている。
私は救急室へ入り、男性に英語で話しかけた。
彼はすぐに薬の名前、心臓病の既往歴、アレルギーについて答えた。
私はその内容を医師へ伝えた。
薬剤名まで正確に通訳すると、部屋の空気が変わった。
続いて倒れたスペイン人医師のもとへ向かい、今度はスペイン語で症状と服薬内容を確認した。
さっきまで笑っていた職員たちは、誰も口を開かなかった。
そこへ、アメリカから来ていた心臓外科のアンダーソン教授が近づいてきた。
彼は私の顔を見つめ、驚いたように名前を呼んだ。
昔、私は海外で医療ボランティアとして働いていた。
危険な地域でも患者のそばに残り、医療に携わっていた時期がある。
だが家族を失った孫娘を育てるため、日本へ戻った。
安定して続けられる仕事として選んだのが、この病院の清掃だった。
過去を語らず22年。
肩書きがなくなれば、人はここまで違う目で見るのか。
その日、それを最も思い知ったのは私ではなかった。
謝りに来た看護師たちに、私はただ言った。
「知らなかっただけでしょう」
そして新しい役職を提示された時、1つだけ条件を出した。
一緒に働いてきた清掃スタッフたちも、同じ病院を支える大切な仲間として扱ってほしい、と。
私が取り戻したかったのは、昔の肩書きではない。
どんな制服を着ている人にも、最初から向けられるはずだった敬意だった。