「ねえ、このお父さん、何しに来たの?」
買い物中、娘にそう聞かれ、私は思わず足を止めた。
洋服売り場に並んでいたのは、家族をイメージした2体のマネキン。
母親役は抱っこひもで赤ちゃんを抱え、目の前にはもう1人の赤ちゃんを乗せたベビーカー。
一方、父親役は両手を空けたまま、隣で涼しい顔をして立っていた。
「たしかに、全部お母さんだね」
私がつぶやくと、夫は気まずそうに視線をそらした。
正直、この光景には見覚えがあった。
娘が生まれて間もないころ、買い物のたびに私が抱っこひもを装着した。
おむつ、着替え、哺乳瓶を詰めたバッグも私の肩。
ベビーカーを押すのも私。
夫はスマートフォンを見ながら、少し前を歩いていた。
「荷物、持ってくれない?」
そう頼むと、決まって返ってくる言葉があった。
「言ってくれたらやるのに」
けれど、毎回言わなければ動かないのなら、それは一緒に育児しているとは言えない。
ある日、娘が熱を出したときもそうだった。
保育園から電話がかかってきたのは、私の勤務先。
夫の連絡先も登録しているのに、最初に呼ばれるのはいつも母親だった。
仕事を早退し、病院へ行き、夕食を作りながら娘の看病をする。
帰宅した夫は言った。
「今日、俺も仕事で疲れた」
その一言に、私は静かに聞き返した。
「じゃあ、私は今日、何をしていたと思う?」
夫は答えなかった。
あれから少しずつ話し合い、保育園の迎えも家事も分担するようになった。
だから売り場のマネキンを見た娘の言葉は、夫にも刺さったらしい。
「これ、お父さんがベビーカー押せばいいのに」
娘はそう言って、男性のマネキンを指さした。
近くにいた女性も小さく笑った。
「本当ね。お母さん、2人分どころじゃないわ」
すると、たまたま通りかかった店員が展示を見直し、別のスタッフに声をかけた。
「ベビーカー、男性側へ動かせますか?」
数分後、ベビーカーは父親役の前へ移された。
さらに、抱っこひもの赤ちゃんも父親役へ。
母親役の両手が、ようやく自由になった。
「これなら、お母さんも服を選べるね」
娘が満足そうに笑うと、夫が私に言った。
「前の俺、あのマネキンみたいだったよな」
「気づいただけ、マネキンより進歩したね」
夫は苦笑しながら、私の買い物かごを受け取った。
育児は、母親だけに似合う役目ではない。
父親が抱っこしてもいい。
ベビーカーを押してもいい。
そして母親が、両手を空けて自分の服を選んでもいい。
当たり前の景色は、誰かが「おかしくない?」と言った瞬間から変えられる。