一人暮らしを始めて三年目になる。契約書には家賃68,000円と書かれているのに、通帳の引き落とし額は、なぜかいつも65,000円だった。
最初は、不動産会社の入力ミスだろうと思っていた。念のため管理会社に電話をかけて確認してみたが、「規定通りの金額でお間違いありません」という、あまり要領を得ない返事しか返ってこなかった。
差額の3,000円がどこから出ているのか分からないまま、半年ほどが過ぎた。むしろ得をしている状況に文句を言うのも変な話で、俺はそのまま何となく放置していた。
転機が訪れたのは、ある月の明細書だった。いつもと同じ書式の中に、「家族割引適用」という見慣れない一文が印字されていた。契約時、そんな割引を申し込んだ記憶はまったくなかった。
不動産会社に問い合わせても、「システム上の登録情報としか分かりかねます」の一点張りで、話は前に進まなかった。心当たりのある人物は、一人しかいなかった。
実家に電話をかけて、それとなく聞いてみた。「家賃のことで、何か知ってる?」母は一瞬黙ったあと、「別に、大したことじゃないから」とだけ言って、それ以上は話そうとしなかった。
その口ぶりから、母が何かに関わっていることは確信できたが、それ以上追及するのも野暮な気がして、俺はその日は引き下がった。
数週間後、実家に顔を出した際、リビングの机の上に一枚のメモが置かれているのに気づいた。何気なく目をやると、聞いたことのない紹介コードの番号と、俺の部屋番号らしき数字が書かれていた。
母に問いただすと、ようやく本当のことを話してくれた。
母が長年利用している生活協同組合の会員特典に、不動産会社と提携した家賃割引の紹介制度があったのだという。母自身は特に何かを負担しているわけではなく、ただその紹介コードを、俺に黙って登録していただけだった。
「自分で払ってるって思ってた方が、あんたも気楽でしょう」
母はそう言って、少し照れたように笑った。負担をかけたくない、けれど何気ない形で手助けしたい。
そのバランスを、母なりに考えていたようだった。
大げさに礼を言うのも違う気がして、俺はただ「ありがとう」とだけ伝えた。それからも家賃は変わらず65,000円のまま引き落とされている。契約書の数字とのわずかな差は、今ではもう気にならなくなった。