重度の障害がある姉夫婦が、周囲の反対を押し切って子どもを産んだ。
姉は電動車いすを使い、義兄も日常生活のほとんどに介助が必要だ。それでも二人は何度も話し合い、「親になりたい」と出産を決めた。
赤ちゃんが生まれた日、私は心から祝福した。
ところが退院後、見えてきた現実は想像以上に厳しかった。
授乳、抱っこ、おむつ交換、沐浴、夜泣きへの対応。
姉夫婦だけでは難しい作業を、支援者が交代で担うことになったのだ。
しかも、その多くは無償ボランティアだった。
「地域のみんなで赤ちゃんを育てましょう」
担当者は笑顔でそう言ったが、実際に作られたのは24時間分の当番表だった。
午前2時から6時までの夜勤。急な欠員の穴埋め。仕事を休んで病院へ付き添う人。自分の子どもの行事を諦めた人もいた。
最初は誰も不満を口にしなかった。
しかし3か月後、支援者の一人が過労で倒れた。
それでも担当者は言った。
「命を支える活動です。皆さんの善意で、もう少し頑張れませんか」
その言葉を聞いた瞬間、私は黙ってファイルを机に置いた。
中には、63枚の当番表、412時間分の無償支援記録、交通費の領収書、欠勤による減収額がまとめてあった。
「善意は予算ではありません」
会議室が静まり返った。
「姉夫婦の出産を責めるつもりはありません。でも、行政が用意すべき支援を、名前も生活もある個人に無償で背負わせるのは違います」
すると姉も、震える声で続けた。
「私たちは、誰かの人生を犠牲にしてまで子どもが欲しいと言ったわけではありません。必要な支援は制度で用意されると説明されていました」
担当者の顔色が変わった。
その記録は市の福祉審議会にも提出された。24時間支援を「地域の助け合い」で埋めていた実態が問題になり、支援計画は全面的に見直された。
翌月から有資格者による有償の育児支援が組まれ、夜間は複数の事業所が交代で担当。緊急時に利用できる一時預かりと、支援者への交通費・活動費も正式に予算化された。
無償ボランティアは、希望する時間だけ関わる形へ変わった。
半年後、姉の家を訪ねると、赤ちゃんは姉の胸の上で声を上げて笑っていた。隣では、勤務を終えた支援員が記録を書いていた。
「今日は仕事、休まなくていいの?」
姉にそう聞かれ、私は初めて笑って答えた。
「うん。今日は“当番”じゃなくて、ただの叔母として遊びに来たの」
出産する権利を守ることと、周囲の誰かに無償の犠牲を求めることは同じではない。
本当に必要なのは、感動的な祝福の言葉ではない。
親も、子どもも、支える人も、それぞれの生活を失わずに済む仕組みなのだ。