入社から30年、彼はこの会社のシステムを一手に支えてきたエンジニアだった。地味な性格だが仕事熱心で、社長からも厚く信頼されていた。
ある年の春、新入社員として社長の娘が入社してきた。彼女は新人研修を免除され、敬語も使わず、彼への嫌がらせを繰り返した。コーヒーをわざとこぼして書類を台無しにし、上着を勝手にゴミ箱へ捨てた。周囲の社員もそれを見ていたが、社長令嬢である彼女を誰も注意できなかった。
そんな中、社長から重要な業務命令が下る。会社の将来を左右する業務効率化システムの開発だった。彼はその開発に没頭したが、彼女はそれを「仕事もせず遊んでいる給料泥棒」と言い続けた。
そしてある日、彼女はついに言い放った。「あんたは社長令嬢である私の命令なんだから従いなさいよ」。その一言で、彼の中で何かが切れた。彼は開発途中のシステムをそのままに、私物をまとめて静かに会社を去った。
システム開発が止まったことで社長は慌てふためき、社員たちの視線は一斉に彼女へ向いた。社長に問い詰められた彼女はようやく事の重大さに気づいた。翌日、社長と娘は彼の自宅を訪れ、深く頭を下げて謝罪した。彼は複雑な思いを抱えながらも、これまでの社長への恩義から復職を決めた。
システムは無事完成し、彼女もその後は人が変わったように真面目に働くようになった。会社に平穏が戻り、それから10年が過ぎた。
社長が引退し、新社長に就任したのは、あの令嬢だった。就任早々、彼は社長室に呼び出された。「あなたは本日付で解雇です」。突然の通告に驚く彼へ、新社長は封筒を差し出した。「契約通りの退職金です」。中には硬貨が一枚、5円だけが入っていた。
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