結婚して9年、麻穂は夫の実家で義父母と同居していた。義母の常子は、家事から近所付き合いまで、常に麻穂の行動に細かく口を出す人だった。
ある日、予定より早く帰宅すると、義母は夫婦の寝室の扉を背にして立っていた。「帰る時間くらい連絡しなさい」と咎められたが、玄関には見覚えのない男性用の革靴があった。閉じた扉の向こうからは、布が擦れる音がしていた。
義母は「町内会の人が来ただけ」と説明したが、来客を裏口から帰す理由が思い当たらなかった。
思えば数日前にも、寝室の窓が勝手に開いていたことがあった。枕の向きが変わり、布団にはシワが残っていた。「掃除をしただけ」と義母は繰り返したが、夫に相談しても「母さんなりの親切だよ」と取り合ってもらえなかった。
その夜、麻穂は枕元の引き出しから見覚えのない古い鍵を見つけた。寝室の扉を外から施錠できる鍵だった。義母に尋ねると「掃除の時に見つけたのでしょう」とはぐらかされた。
さらに数日後、カバンに入れていたはずの勤務予定表が机の上に置かれていることに気づいた。そこには麻穂が夜勤になる日にだけ、赤い丸がついていた。
義母が勝手に持ち出し、書き込んでいたのだ。
会社に確認すると、義母から勤務予定を確認する電話が入っていたことが分かった。麻穂は夫と少しずつ情報を共有し、互いの予定を義母には教えないことにした。
近所の住民からは、義母が留守にする曜日に、不動産会社の車が家の近くに何度も停まっているという話も聞こえてきた。義母は「家の査定を頼んでいるだけ」と説明したが、会社に確認すると、その住所での正式な依頼は登録されていなかった。
担当者は使用で外出しているとのことだった。
夫は、電話台の引き出しにあった古い住所録を見つけた。ある名前の欄には、20年以上前の日付で「木曜は義父が将棋の会」と書かれていた。義母は昔から、家族の不在を確かめる習慣を持っていたのだ。
そして迎えた木曜日、家族が留守にすると義母が信じていた時間、麻穂は予定より早く帰宅した。玄関には再び見覚えのある革靴があった。
麻穂は義母に気づかれないよう装いながら、外側から寝室の鍵をかけた。
義父を呼び戻すと、扉の向こうにいたのは、あの男だった。ベッドの下には男物の靴下が落ちていた。会社への確認、住所録、勝手口の合鍵。すべての事実がつながり、義母の20年以上にわたる関係が明らかになった。
義父は義母にしばらく妹の家で過ごすよう告げ、家の鍵を全て交換した。夫は初めて母親の説明を疑い、麻穂の側に立った。
麻穂はその後、一人暮らしの部屋を借りた。夫との関係を完全に終わらせたわけではないが、同じ家に戻るかどうかは別問題だと伝えた。自分の名前で契約した部屋の鍵を、麻穂は静かに握りしめた。