あと半年だった。
母がもう少しだけ生きていてくれたなら、生まれてくる私の子を、その腕に抱かせてあげられた。
母は52歳だった。
大腸がんと診断された時、本人は最初、いつものように笑っていた。
「大丈夫よ。お母さん、まだまだやることあるんだから」
その言葉を、私は本当に信じたかった。
母は昔から、家の中を明るくする人だった。
料理をしながら鼻歌を歌い、失敗したおかずでも「これは新作」と笑って食卓に出した。
小さな子を見ると、すぐに声をかけた。
「スープどうぞ」
「ピースして」
「うさぎさんも見てるよ」
そんな少しおどけた声が、今でも耳の奥に残っている。
だから、私の妊娠が分かった時、誰よりも喜んだのは母だった。
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引用元:https://www.youtube.com/watch?v=mBMIKgOoEpo,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]