長い年月、私は一人息子の翔太の幸せだけを願って生きてきた。
夫を早くに亡くした私は、幼い翔太を抱えながら必死に働いた。朝は清掃の仕事、夜はスーパーの品出し、休日には弁当屋の厨房に立った。手は荒れ、指先には消えない傷が増えていった。
それでも、翔太が笑ってくれるなら苦労ではなかった。
「母さんがいるから頑張れる」
幼い頃、そう言ってくれた息子の言葉を、私はずっと宝物のように胸にしまっていた。
やがて翔太は立派な会社員になり、裕福な家庭で育った美咲さんと結婚した。
その時、私は心から喜んだ。
「これで翔太も幸せになれる」
そう信じていた。
しかし、美咲さんの両親との付き合いが始まると、私は少しずつ違和感を覚えるようになった。
美咲さんの実家は地元でも知られた家柄だった。広い客間、高級な家具、上品な着物を着た母親の知恵子さん。
親戚が集まるたび、私の席はいつも決まっていた。
一番端。
入り口に近い、目立たない場所。
「翔太さんのお母様は、本当に働き者でいらっしゃるのね」
知恵子さんは笑顔でそう言った。
一見すると褒め言葉だった。
けれど、その声の奥には「苦労してきた人」という見下すような響きがあった。
私は何も言わなかった。
膝の上で荒れた手を握りしめ、ただ笑った。
私が我慢すれば、翔太の立場が守られる。
そう思っていたからだ。
そんなある日、翔太から電話が来た。
「母さん、今度、新居のお披露目パーティーをするんだ」
嬉しそうな声だった。
私は久しぶりに息子の声を聞けたことが嬉しくて、すぐに答えた。
「それはよかったね。何か手伝えることがあれば言ってね」
記事はまだ終了していません。次のページをクリックしてください
引用元:https://www.youtube.com/watch?v=qOdE8MJHycE,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]