「これで正式に終わったよ」
総合病院の冷たい廊下に、元夫・和也の満足げな声が響いた。
その隣には、大きく膨らみ始めたお腹を優しく撫でる女性――香織が立っていた。
彼女の甘い香水の香りと、病院独特の消毒液の匂いが混ざり合い、その場には不自然な空気が漂っていた。
私は何も言わず、ただ息子・ハルトの小さな手を握りしめていた。
つい十分前まで、ハルトは心臓の精密検査を受けていた。
十四歳になる息子は、生まれつき心臓に病を抱えている。
検査の疲れで顔色は青白く、待合室の椅子に座る姿は、いつもよりずっと小さく見えた。
そんなハルトの前で、和也はスマートフォンの画面を私へ向けた。
そこには、役所から届いた離婚届受理の通知が表示されていた。
「手続きは全部終わった。これで俺は自由だ」
和也の声には、長年抱えていた重荷から解放されたような安堵が滲んでいた。
「香織のお腹には俺の子供がいる。これからは俺も普通の家庭を作るんだ」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が締め付けられた。
けれど私は泣かなかった。
怒鳴ることもしなかった。
香織に掴みかかることも、和也を責めることもしなかった。
ただバッグの中に入れていたハルトの診察券と、これからの治療計画が書かれた書類を強く握った。
爪が手のひらに食い込む痛みだけが、今の私を現実につなぎ止めていた。
和也は、そんな私を見て「完全に負けた」と思ったのだろう。
病気の息子ばかりを優先し、自分を大切にしなかった妻。
暗く苦しい家庭から逃げ出し、若く健康な女性との新しい人生を手に入れた自分。
記事はまだ終了していません。次のページをクリックしてください
引用元:https://www.youtube.com/watch?v=eZGb_B3qtZ8,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]