ある寮で、突然シャワー室の利用禁止が告知された。
利用者たちは最初、何か設備の故障でも起きたのだと思っていた。
しかし、掲示された紙を読んだ瞬間、空気が変わった。
そこには衝撃的な理由が書かれていた。
「本日、左側の個室シャワーを利用出来ません」
理由は、
「誰かがシャワー室で大便をしていました」
というものだった。
寮のシャワー室は、特定の誰かだけが使う場所ではない。
多くの住人が毎日利用する共有スペースだ。
当然、使用後は次の人が気持ちよく使えるように最低限のマナーが求められる。
しかし、その場所で排泄物が放置されていた。
さらに問題だったのは、本人が処理をせず、そのまま立ち去ったことだった。
掲示には、
「突然の尿意や便意でトイレに間に合わないことはあります。それは仕方がないことです」
という理解を示す言葉もあった。
つまり、事故そのものを責めているわけではない。
問題は、その後の対応だった。
「ただ、その大便を本人が処理をしていないのがいけないと思います」
「トイレ以外の所で便をしてそのままにして平気でいることを恥ずかしいと思いませんか?」
管理する側の怒りは当然だった。
誰かが使った場所を、別の誰かが掃除しなければならない。
しかも休日や暑い日に、他人の汚物を処理することになる。
その負担を考えれば、怒りを感じるのも無理はない。
さらに掲示には、別の迷惑行為についても書かれていた。
使用済みの生理用品をむき出しの状態で置いていく人がいること。
「どこでも置く人も同じです」
「自分の家の中なら、同じことをしますか?」
共同生活では、自分だけが快適ならいいという考えでは成り立たない。
寮はホテルでも、自分専用の部屋でもない。
そこには同じ場所を使う人がいる。
今回の件を見た人からは、
「信じられない」
「子どものいたずらみたい」
「共同生活以前の問題」
という声も出た。
一方で、誰がやったのかは分からないままだった。
だからこそ、管理側は名前を出して責めるのではなく、全員に向けて注意を促した。
最低限のマナーを守る。
使った場所は元の状態に戻す。
それは特別難しいことではない。
でも、誰かが守らなければ、別の誰かが必ず負担することになる。
寮という集団生活の場だからこそ、一人ひとりの小さな行動が大きく影響する。
今回の張り紙は、単なる苦情ではなく、「自分が使った場所をどう扱うべきか」を考えさせる出来事だった。