「お前の稼ぎなんて誤差だろ」
夫は昔から、私の在宅ワークの収入をそう呼んでいた。
私はライターとして、家で仕事をしている。収入は不安定だったけれど、この数年で少しずつ増えていた。深夜まで原稿に向かい、子どもの送り迎えの合間を縫って取材もこなしてきた。それでも夫の中では、私の仕事はいつまでも「趣味の延長」のままだった。
家計の話し合いでも、私の意見はほとんど聞かれなかった。
「家のことは俺が決める。稼いでるのは俺なんだから」
その言葉を、何年も聞かされてきた。反論するのも面倒で、いつしか私は、家のことに口を出さなくなっていた。
ある日、夫が家の購入を検討し始めた。子どもの入学に合わせて、そろそろ持ち家をと考えていたらしい。銀行から届いた住宅ローンの審査書類を、テーブルに置いたまま夫は外出した。
何気なく手に取ると、収入合算の欄が目に入った。
そこには、私の去年の確定申告額が記載されていた。夫は、私の収入を正確に把握していなかったらしい。数字は、私自身も少し驚くほど増えていた。夫の月収に、あと少しで並ぶところまできていた。フリーランスになったばかりの頃は、生活費の足しにもならなかったことを思うと、遠くまで来たものだと思った。
帰宅した夫に、その書類を見せた。
「これ、私の去年の収入だけど」
夫の顔つきが、その瞬間はっきりと変わった。
「……こんなに、稼いでたのか」
「毎回、誤差って言ってたよね」
夫は気まずそうに黙り込んだ。
「悪かった。ちゃんと見てなかった」
その言葉に、これまでの積み重ねが、少しだけ軽くなった気がした。
数日後、改めて家の購入について話し合う場を持った。
今度は、私の意見もきちんと聞かれた。ローンの組み方も、名義も、二人で相談して決めた。私の名義も半分入れることになり、夫は「お前が半分払うなら、お前の意見も半分聞くのが当然だな」と、少し照れたように言った。
夫は今でも、時々昔の口調に戻ることがある。それでも「稼ぎなんて誤差」という言葉は、あれ以来一度も出ていない。
完全に対等になったとは思わない。
それでも、数字という動かしようのない事実が、言葉では届かなかったことを、静かに伝えてくれた。
先日、仕事で少し大きな案件が決まったことを話すと、夫は初めて「頑張ってるな」とだけ言った。大げさな言葉ではなかったけれど、それだけで十分だった。
見下されていた仕事も、見下されていた自分も、今はもう少しだけ、自分の価値を信じられるようになった気がする。