五十七歳の春、俺は三十五年間勤め続けた会社から、静かに捨てられた。
冷たい雨が降る東京の夕方。段ボール箱を抱え、誰にも見送られることなく会社の玄関を出た。
「長い間、お疲れさまでした」
最後に声をかけてくれたのは、普段ほとんど話すこともない若い社員だった。
花束もない。
送別会もない。
ただ、人事部から渡された一枚の辞令だけが、俺の人生を変えた。
そこに書かれていたのは――
「吉野島乳業工場への異動」
本土から船で三時間。
人口わずか三百人の小さな離島。
誰が見ても、それは左遷だった。
「もう会社に戻ってくることはないでしょうね」
背後で、品質管理部長になった大村が小さく笑っていた。
俺は振り返らなかった。
ただ封筒を閉じて、静かに答えた。
「承知しました」
それだけだった。
三ヶ月前まで、俺は東京の古い社宅で一人暮らしをしていた。
妻の百合を亡くして八年。
朝起きても、向かい側の椅子はいつも空いたままだった。
食パンを焼き、インスタントコーヒーを入れる。
そして出勤前、仏壇の前で写真に向かって話しかける。
「今日も行ってくるよ、百合」
返事はない。
それでも、それが俺の日常だった。
会社では三十五年間、品質管理の仕事だけを続けてきた。
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引用元:https://www.youtube.com/watch?v=5mxLxg_N-t8,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]