六十歳の冬、俺は誰にも告げず、一人で雪山へ向かった。
長年勤めた会社では、古いシステムを知る数少ない技術者として頼られていた。若い社員から「春さん、このエラーを見てもらえますか」と声をかけられる毎日。問題を解決すれば「ありがとうございます」と感謝される。
だが、昼休みになれば話をする相手はいない。
周囲に人がいないわけではない。
ただ、誰かの特別な存在ではない。それがいつの間にか当たり前になっていた。
誕生日の日でさえ、会社のチャットには他人の祝いの言葉が流れるだけだった。
「期待しなければ、寂しくもない」
そう自分に言い聞かせて生きてきた。
それでも、俺には昔から続けている小さな習慣があった。
仕事帰り、駅前の肉まんを三つ買い、公園へ向かう。
そこには三匹の猫が待っていた。
茶色、黒、白黒の三匹。
俺の足音を覚えているのか、姿を見るだけで植え込みから出てくる。
「今日はちゃんと三つあるぞ」
そう言って肉まんを小さく分けて置く。
ある日、通りかかった老婦人が言った。
「優しいんですね」
俺は首を横に振った。
「優しいわけじゃありません。
ただ、あいつらは待っているだけです」
「待っている人が来てくれるって、幸せなことですよ」
その言葉が、なぜか胸に残った。
そして数日後、俺は雪山へ向かった。
山へ行く時、必ず守っている言葉がある。
“一人で行くなら、二人分の準備をしろ”
昔、救助隊の先輩に教わった言葉だ。
人を助けるためだけではない。
もし自分が動けなくなった時、一人分しかなければ命取りになる。
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引用元:https://www.youtube.com/watch?v=Fo3G_KP_wF4,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]