久しぶりに美容院へ行った日のことだった。
髪を切っていた男性美容師と家族の話になり、私は何気なく、夫と娘に発達障害があることを話した。
すると美容師は、鏡越しに私を見ながら言った。
「子供を産む前に、旦那さんが障害者だって分かっていたの?」
あまりに直接的な聞き方に驚いたが、私は「分かったのは出産後です」と答えた。
すると彼は、納得したように笑った。
「だよね。障害があるって知っていたら産まないよね。遺伝するし、わざわざ世の中に障害者を増やさないよね」
ハサミの音だけが、やけに大きく響いた。
さらに彼は、「付き合っているときに気づかなかったの?失敗したね」と続けた。
私は怒鳴らなかった。
ただ、鏡の中の彼を見て静かに尋ねた。
「今の言葉を、私の夫と娘の前でも言えますか?」
彼は一瞬手を止めたが、「いや、悪い意味じゃなくて。現実的な話」と笑ってごまかした。
悪意がなければ、何を言っても許されるのだろうか。
夫は仕事をしながら家族を支え、娘は苦手なことと向き合いながら毎日学校へ通っている。診断名だけで、2人の人生を「失敗」と決めつけられる筋合いはない。
会計を終えると、彼は最後に明るい声で言った。
「周りが障害者だらけで可哀想だけど、頑張ってね!また話を聞かせて」
私は財布をしまい、はっきり答えた。
「家族を可哀想だと思ったことはありません。今日ここへ来たことだけは、失敗だったと思います」
店内が静まり返った。
帰宅後、私はレシートを撮影し、言われた言葉、日時、担当者名を記録した。
そして感情的な表現を加えず、事実だけを美容院の責任者へ送った。
翌日、店長から電話があった。
担当美容師に確認したところ、本人も発言を認めたという。店長は何度も謝罪し、接客から外して指導を行うと説明した。
美容師本人からも謝罪したいと言われたが、私は断った。
謝罪を聞くために、もう一度あの場所へ行く必要はない。
その後、私は別の美容院を見つけた。
新しい美容師は娘の話を聞くと、「好きな髪形は何ですか?」と尋ねた。障害について根掘り葉掘り聞くことも、勝手に同情することもなかった。
後日、娘もそこで髪を切ってもらった。
鏡を見ながらうれしそうに笑う娘を見て、私はようやく思えた。
変えるべきなのは、家族の存在ではない。
人の命を「失敗」と呼べてしまう、その偏った価値観のほうだ。
あの日以来、私は元の美容院には一度も戻っていない。