朝、駅へ向かおうと自転車置き場へ入った私は、足を止めた。
自転車の前かごに、折り畳まれた白い紙が置かれている。
広告ではない。誰かが、わざわざ私の自転車へ入れたものだった。
周囲を見回しても人影はない。
嫌な予感を覚えながら紙を開くと、そこにはこう書かれていた。
「朝方、困ってたみたいなので、暇なオヤジがパンク修理しておきました」
「空気圧が完全ではないので、速やかに補充した方が良いと思う」
さらに最後には、
「ありがたいと恩に思ったら、家族でも誰でもいいので、何か一つ恩を返して下さい」
署名は「暇なフーセンおじさん」。
昨夜、帰宅したときに後輪が少し柔らかいとは思っていた。しかし暗かったため、翌朝確認しようと、そのまま置いていたのだ。
タイヤを指で押すと、昨日より明らかに硬い。空気を入れただけでなく、パンク箇所を修理した跡まである。
ありがたい。
しかし同時に、少し怖かった。
誰か知らない人が、夜中に私の自転車へ触れ、タイヤを外して修理したのだ。善意だとしても、修理が正しく行われているかは分からない。
私は無理に乗らず、駅まで自転車を押して歩いた。
途中の自転車店で事情を説明し、後輪を確認してもらった。
店員は修理箇所を見て驚いた。
「きちんと穴を塞いでありますよ。空気圧だけ調整すれば問題ありません」
修理代を尋ねると、店員は空気を補充しただけだからと、代金を受け取らなかった。
正体不明の相手への恐怖は少し残ったが、修理そのものは丁寧だった。
それから数日後、スーパーの前で高齢の男性が買い物袋を落とし、缶詰や野菜を道路へ散らしてしまった。
私は自転車を止め、一緒に拾った。袋の底が破れていたため、かごに入れていた予備の袋も渡した。
男性は何度も頭を下げた。
「助かりました。何かお礼をさせてください」
その言葉を聞いた瞬間、私はポケットに保管していた白い紙を思い出した。
「お礼はいりません。今度、誰かが困っていたら助けてあげてください」
自分で言いながら、少し笑ってしまった。
結局、「フーセンおじさん」が誰なのかは分からないままだ。
頼んでいない修理に驚いたし、できれば先に声をかけてほしかったという気持ちもある。
それでも、あの人が残した恩は、別の誰かへ渡すことができた。
見知らぬ善意は、受け取った瞬間には少し怖い。
けれど安全をきちんと確かめ、無理のない形で次へつなげれば、それは静かに街を巡っていくのかもしれない。