夕方の帰宅ラッシュ、私は友人を助手席に乗せ、細い県道を走っていた。
前方には白いメルセデス。車間距離を十分に取り、その後ろをゆっくり進んでいた。
赤信号で車列が止まった、そのときだった。
前の車の後部エンブレムが、突然パカッと持ち上がった。
「今、マークが開いたよね?」
目を凝らすと、エンブレムの奥に黒いレンズのようなものが見える。
信号が青になると、エンブレムは何事もなかったように閉じた。
次の信号で停止すると、再びパカッ。
これで2回目だ。
「後ろを撮影しているのかな」
最近は、あおり運転対策のカメラも多い。だが、こちらは十分に距離を空けており、危険な運転もしていない。
それなのに信号で止まるたび、こちらへ向けてレンズが現れる。
助手席の友人まで、「警戒されているのかな」と不安そうに言った。
前の車は速度を落とし、やがて左折してコンビニへ入った。私たちも飲み物を買う予定だったため、同じ駐車場へ入った。
運転席から降りてきたのは、40代くらいのスーツ姿の男性だった。
腹を立てたまま決めつけるのはよくない。私は距離を取り、穏やかに声をかけた。
「すみません。走っている間、後ろのエンブレムが何度も開いていたのですが、こちらを撮影していましたか?」
男性は一瞬きょとんとした後、吹き出した。
「違いますよ。これ、バックカメラなんです」
男性が操作すると、エンブレムが再び持ち上がり、中から小さなカメラが現れた。
「後方を確認するときだけ開く仕組みです。車種によっては手動で映像を確認することもできます」
私はその場で固まった。
後ろの車を挑発する装置でも、こちらを狙って撮影する仕掛けでもない。単なる格納式のカメラだったのだ。
「すみません。てっきり警戒されているのかと……」
私が謝ると、男性は笑いながら言った。
「初めて見ると驚きますよね。故障かと思われることもあります」
車へ戻ると、友人は必死に笑いをこらえていた。
「怒鳴り込まなくてよかったね」
まったくその通りだった。
知らない機能を見て、勝手に悪意があると決めつけていたら、トラブルを起こしたのはこちらになっていた。
帰り道、友人がぽつりと言った。
「でも、あのパカパカする動き、ちょっと面白いね」
私は苦笑しながらうなずいた。
あの日学んだのは、車の新機能だけではない。
気になることがあっても、まず距離を取り、事実を確かめる。
思い込みでアクセルを踏む前に、感情へブレーキをかけることの大切さだった。