深夜、出張先の駅前から自宅までタクシーに乗った。
終電はすでに終わっており、どうしてもその日のうちに帰る必要があった。
「かなり距離がありますが、大丈夫ですか?」
運転手に確認されたが、同じ区間は以前にも利用したことがある。料金は約30万円だったため、その旨を伝えて出発した。
高速道路へ入ってしばらくすると、見覚えのないインターチェンジを通過した。
「いつもと違う道ですよね?」
そう尋ねると、運転手は「深夜はこちらのほうが早いんです」と答えた。
しかし、その後も高速を降りては別の高速へ乗り直し、不自然な移動が続いた。私は念のため、スマートフォンの地図アプリで現在地と走行経路を記録した。
数時間後、ようやく自宅へ到着した。
メーターを見た瞬間、疲れが一気に吹き飛んだ。
表示されていた金額は、86万940円。
領収書には、メーター運賃91万3,500円、遠距離割引9万850円、ETC料金3万8,290円と印字されていた。
「この金額、おかしくありませんか?」
私が尋ねても、運転手は「メーター通りです」と言うだけだった。
そこで保存していた走行履歴を開くと、通常経路の2倍近い距離を走っている。
私はカードも現金も出さず、静かに告げた。
「このままでは払えません。警察と会社に確認してもらいます」
運転手の顔から余裕が消えた。
到着した警察官へ領収書と地図の履歴を見せ、タクシー会社にも連絡した。会社側が車両の運行記録とメーターの操作履歴を確認すると、前の営業分を正しく終了しないまま次の運行を開始していた可能性が判明した。
さらに、運転手が選んだ経路にも合理的な説明がつかなかった。
運転手はようやく俯き、「操作を間違えました」と認めた。
私は思わず聞き返した。
「操作ミスだけで、86万円を請求するんですか?」
会社の責任者が正規の距離と料金を再計算した結果、支払額は約32万円になった。私は内容を確認して正規料金だけを支払い、誤った領収書と走行履歴は証拠として保存した。
後日、会社から正式な謝罪があり、運転手には経路選択とメーター操作について社内調査が行われたという。
もし疲れたまま言われるがまま支払っていたら、差額の約54万円まで失っていたかもしれない。
高額請求より怖いのは、「メーターだから正しい」と思い込むことだ。
それ以来、長距離タクシーを利用するときは、出発前に概算料金と経路を確認し、移動中も地図を開くようにしている。
あの夜、私を守ったのは怒鳴り声ではない。
1枚の領収書と、スマートフォンに残った走行記録だった。