解雇されたその夜、白鳥静香の三年間の結婚生活は、冷え切ったカレーの匂いとともに終わった。
食卓の向かいに座る夫・鈴木直樹は、彼女が会社を辞めさせられたと告げても、驚きもしなかった。むしろ待っていたかのように、棚から一枚の紙を取り出し、皿の横へ滑らせた。
「ここに署名しろ。役に立たない妻を養う気はない」
離婚届には、すでに直樹の名前が書かれていた。
かつて桜の下で「必ず幸せにする」と誓った男の面影は、もうどこにもなかった。
静香は何も言わず、寝室で小さなスーツケースに着替えと化粧ポーチ、母からもらった古いお守りだけを詰めた。結婚指輪は机の上に置いた。重すぎるものを、ようやく外せた気がした。
雨の降る夜、マンションを出た静香が一度だけ振り返ると、直樹の車が戻ってきた。彼は追いかけてきたのではなかった。助手席から降りたのは、静香の同僚だった中村エリカ。赤い傘を差した彼女の髪を、直樹は優しく拭っていた。
その仕草を、静香は一度も向けられたことがなかった。
翌朝、友人の部屋で浅い眠りから覚めた静香の耳に、テレビの経済ニュースが飛び込んできた。
「資産五百億円を有する白鳥グループ、新会長に白鳥静香氏が就任」
画面には、仕立ての良いスーツを着て正面を見据える静香の写真が映っていた。昨夜、雨に濡れて追い出された女とは別人のような顔だった。
その頃、直樹は自宅のリビングでニュースを見ていた。手にしていたコーヒーカップが床に落ち、乾いた音を立てて砕けた。彼はようやく知ったのだ。
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引用元:https://www.youtube.com/watch?v=w1m96cI_CzA,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]