結婚10年目の記念日を前に、夫からメッセージが届いた。
「今年は、特別なプレゼントを用意したから、楽しみにしてて」
その一文を見て、私はすぐに、以前から欲しいと話していた腕時計のことだと思い込んだ。
去年、雑誌で見かけて「いつか欲しいな」とつぶやいたのを、夫が覚えていてくれたのだと思っていた。
当日、レストランで渡されたのは、思っていたより小さな箱だった。
期待しながら開けると、中に入っていたのは、腕時計ではなく、小さな鍵だった。
木製のキーホルダーがついた、見慣れない鍵だった。
「これ、何?」
正直、拍子抜けした気持ちが、声に出てしまったと思う。
夫は少し戸惑いながら、説明を始めた。
「実は、駅前の貸農園、契約したんだ。前に、庭付きの家に住みたいって言ってたの、覚えてて」
数年前、何気ない会話の中で、私が「いつか庭で野菜を育ててみたい」と話したことがあったのを、夫は覚えていたらしい。
腕時計の話をしていたのは、実は別の友人だったことに、私はそこで初めて気づいた。
「ごめん、私、てっきり腕時計のことだと思ってて」
そう伝えると、夫は驚いた顔をしたあと、少し笑いながら言った。
「え、そっちだったの。全然気づかなかった」
がっかりした気持ちと、記憶違いへの気まずさが、同時に押し寄せてきた。
けれど、夫が何年も前の何気ない一言を覚えていてくれたことに、少しずつ気持ちが動いていくのも感じた。
翌週末、二人で貸農園を見に行った。
小さな区画に、夫がすでにいくつか種を植えていた。
「時計は、また今度、別の機会にでも」
そう言うと、夫は「うん、覚えとく」と答えた。