母が脳梗塞で倒れたのは3年前だった。
入院、リハビリ、そして要介護認定。
兄は遠方に住んでいたため、実家の近くにいる私がほとんどの手続きを引き受けた。
「通帳とキャッシュカードも預かってくれる? 施設代とか細かい支払いは任せるよ」
兄にそう言われ、私は母名義の口座を管理するようになった。
そこから払ったのは、老人ホームの利用料、実家の光熱費、食費、おむつ、日用品。
母のところへ通う交通費もそこから出した。
時には買い物のついでに自分のコーヒー代が混ざることもあった。
でも私は深く考えなかった。
「全部、お母さんのためなんだから」
現金が必要になるたびに5万円、10万円とまとめて引き出した。
レシートは捨てることも多かった。
誰に何を説明する必要があるのか、当時の私は考えていなかった。
そして今年、母が亡くなった。
四十九日が終わり、遺産について話し合うことになった日。
兄は母の通帳を3年分すべて確認していた。
茶ぶ台に並べられたコピーには、何度も繰り返された現金引き出しの記録。
合計すると約300万円。
「このお金、何に使った?」
「施設代とか、お母さんの日用品とかだよ」
「領収書は?」
私は答えられなかった。
ほとんど残していなかったからだ。
兄は静かに言った。
「だったら、全部あんたが使ったって見られても証明できないよね」
胸が詰まった。
誰より近くで母を支えてきた。
病院にも施設にも通った。
頼まれて通帳を預かっただけだった。
それなのに、母が亡くなった途端、私は「お金を使い込んだ人」になりかけていた。
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