62歳の私は、離婚を決めました。
理由は――夫が、あの義母を家に連れてきて一緒に暮らすと言い出したからです。
一ヶ月以上の冷戦のあと、私は静かに決心しました。
「もういい、離婚しよう。」
親戚たちは口をそろえて言いました。
「何十年も一緒にいたんでしょ?今さら何を恨むの?」
でもね、私は放せないんです。
あの時の屈辱も、寒さも、飢えも。
全部、体が覚えている。
結婚した頃、義母はまだ四十代。若くて元気だった。
それなのに、まるで私が召使いのように、何もかも私に押しつけた。
ご飯を作るのも、皿を洗うのも、畑の草取りも全部。
夫の給料も、私が市場で稼いだお金も、全部義母の手の中。
私は自分のために針一本買うにも、義母に頭を下げて頼まなければならなかった。
お金をお願いするたびに、罵声が飛んできた。
「嫁のくせに生意気だ」「金の無心ばかりして」
若かった私は、何も言い返せずにただ黙って耐えた。
妊娠してつわりがひどかったときも、義母はご飯を作ってくれない。
実家が送ってくれた肉や卵も、夜中にこっそり自分たちで煮て食べた。
産後、夫は三日休んだだけで仕事に戻り、
義母は自分たちの分だけ作って私には一口もくれなかった。
赤ちゃんの布も服も、真冬の冷たい水で自分で洗った。
子どもが大きくなっても状況は変わらなかった。
ご飯を作っても、義父母が全部食べてしまい、私の分は残らない。
文句を言えば「自分が少なく作ったんだろ」と笑われた。
一度、私が自分の分をよけておいたら、
義母はその茶碗を叩き割って、村中に「嫁が良いものを独り占めしている」と言いふらした。
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