母は昔から、何を尋ねられても「なんでもいい」と答える人だった。
外食先でメニューを渡されても、「私はなんでもいいわ」。家族が家具や日用品を選ぶときも、「あなたたちの好きなもので大丈夫」。穏やかで、面倒なことを言わず、誰にでも合わせられる。それが母の長所だと、周囲は思っていた。
しかし、その言葉の奥には、母自身も気づいていない長い習慣があった。
子どもの頃、家は貧しかった。欲しいものを選ぶ以前に、与えられたもので暮らすしかなかった。大人になって家庭を持ち、子どもが生まれると、今度は家族の生活が最優先になった。
家の中には子どもの玩具や生活用品が増え、気づけば部屋は家族の歴史を積み重ねたような場所になっていた。仕事、家事、子育てに追われ、自分の好みを考える余裕などなかった。
「使えればいい」
「必要最低限の機能があれば十分」
そう思うことで、迷う時間を減らしてきたのだ。
やがて65歳で定年を迎えた。長年続けた仕事を終えた翌朝、母は仏壇の前に座り、亡き夫の写真へ手を合わせた。
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