離婚届に判を押したその日、夫は若い愛人との新生活に浮かれていた――だが数日後、担当医が静かに告げた。「これからは奥様は、あなたの治療には関わりません」
「これで、やっと人生をやり直せるな」
夫の高橋時雄は、満足そうな笑みを浮かべながら、テーブルの上に置かれた離婚届を見下ろしていた。
その隣には、若い女性――リサが座っていた。
明るい色のワンピースを着た彼女は、まるで勝ち誇るような笑顔を浮かべ、私に向かって優しく頭を下げた。
「高橋さん、本当に長い間お疲れさまでした。これからは私が彼を支えますから」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥に小さな痛みが走った。
けれど、私は怒らなかった。
泣きもしなかった。
ただ静かに、テーブルの端に置かれた古いお薬手帳を見つめていた。
二十二年間。
私は、この一冊の手帳とともに夫の命を守ってきた。
夫は難病を抱えていた。
発作の危険があり、薬の時間を一分単位で管理しなければならない病気だった。
朝起きれば血圧を測り、体調を確認する。
食事の塩分量を計算し、薬の副作用を確認する。
夜中に苦しそうな呼吸をすれば、すぐに目を覚まして背中をさする。
救急車を呼ぶべきか、翌日の診察まで待てるのか。
その判断を、私は何百回も繰り返してきた。
私は大学病院で看護師長として働きながら、妻として、そして医療者として、夫の生活を支えてきた。
医療費助成の書類。
病院との連絡。
薬局との調整。
診察時に医師へ伝えるための細かな記録。
すべて私が一人で背負っていた。
けれど、夫は一度もそれを「ありがとう」と言ったことはなかった。
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引用元:https://www.youtube.com/watch?v=YXBUGgr6F-c&t=17s,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]