「深夜0時から朝方まで、ガタガタ、ゴトゴトうるさいです。次は管理会社に連絡します」
ある朝、マンションのオートロックに大きな張り紙が貼られていた。
差出人は階下の住人。宛先には、上の階の部屋番号がはっきり書かれている。
内容によれば、2日続けて深夜から朝まで振動や足音が響き、眠れなかったらしい。
ところが、その隣にはすぐ反論の手紙が貼られた。
「ご丁寧にお手紙を入れていただき、ありがとうございます」
書き出しこそ穏やかだったが、読み進めると空気が変わる。
上階の住人は、ここ数日引っ越し作業をしていたことを認め、普段より物音を立てたことについて謝罪していた。
しかし、
「朝方まで物音を立てていた認識はありません」
「今後は直接ポストに手紙を入れず、管理会社を通して正式に連絡してください」
と、匿名で苦情を入れられたことへの不満も書いてあった。
これを見た住人たちは、通勤や買い物のたびに足を止めた。
「謝っているのか、怒っているのか分からない」
「部屋番号を公開して応酬することじゃないでしょ」
マンション内では、張り紙の話でもちきりになった。
その日の夕方、管理会社の担当者が駆けつけ、2枚の手紙を回収。双方を別々に呼び、詳しく事情を確認した。
そこで分かったのは、上階の住人が深夜に家具を移動させていたこと。一方、階下の住人も、最初から管理会社へ相談せず、感情的な文面を相手のポストへ入れていたことだった。
さらに管理会社が共用部の記録を調べると、上階の住人が夜中の0時過ぎにも台車で荷物を運んでいたことが確認された。
「朝までうるさくしたつもりはない」
そう主張していた上階の住人も、時刻の記録を示されると黙り込んだ。
最終的に、上階の住人は深夜の引っ越し作業について正式に謝罪。防音マットを敷き、残りの搬入は日中だけにすると約束した。
階下の住人も、部屋番号を書いた苦情を共用部に掲示したことを謝り、今後は必ず管理会社を通すことになった。
翌朝、オートロックには管理会社名義の新しい掲示だけが貼られていた。
「居住者間の問題を共用部への張り紙で公表する行為は禁止します。騒音などの相談は、必ず管理会社までご連絡ください」
たった2枚の手紙から始まった“公開喧嘩”は、両者に注意が入る形で決着した。
顔の見えない相手だからこそ、紙に怒りをぶつける前に、正式な窓口を通すべきだったのだろう。
それにしても、住人全員が通るオートロックを言い争いの掲示板にしてしまうとは――。
静かになった翌日のエントランスで、管理人さんが小さくつぶやいた。
「ここ、マンションの入口であって、伝言板やないんですけどね」