中島剛が中西精密へ向かった朝、空はどんよりと曇っていた。
手にしていた荷物は、段ボール箱一つだけだった。
十五年間勤めた会社を去るというのに、見送りに来る者は誰もいなかった。
「来月から中西精密へ出向してもらう」
そう告げたのは、朝日成功の製造部長・久保田秀一だった。
五十五歳の久保田は、淡々とした表情で一枚の封筒を差し出した。
「業務提携先への支援という形だ」
表向きはそうだった。
しかし、剛には分かっていた。
これは支援ではない。
事実上の左遷だった。
理由は「製造数ワースト」。
数字だけを見れば、剛は社内で最低評価だった。
だが、誰も知らなかった。
彼が自分の生産を後回しにして、故障した機械を直し、若手社員を育て、現場の穴を埋め続けていたことを。
久保田は、そんな剛を「結果を出せない社員」と判断した。
剛は反論しなかった。
言い訳もしなかった。
ただ静かに封筒を受け取り、翌週には会社を去った。
しかし、その背中を見送る人間がいないことが、何よりも会社の間違いを象徴していた。
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中西精密は、都市から何時間も離れた場所にあった。
錆びた看板。
雑草に覆われた敷地。
古い建物。
工場というより、時代に取り残された小さな作業場だった。
そこで剛を迎えたのは、若い女性社長・竹内リコだった。
三十三歳。
半年前、父親が倒れたことで突然工場を継ぐことになった人物だった。
「中島さんですね……お待ちしていました」
頭を下げるリコの顔には疲労が浮かんでいた。
隣には六歳になる息子・陽太が立っている。
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引用元:https://www.youtube.com/watch?v=NSoxsoRWXUY,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]