母・住江が78歳で亡くなった3日後、51歳の高一は妻のエミと群馬の実家を片付け始めた。
冷蔵庫にあったのは豆腐、漬物、ご飯、そしてごま塩。
服も少なく、セーターの肘には当て布、靴下にも継ぎがあった。
母は15年前に父を亡くしてから、ずっとこんな生活を続けていた。
高一は以前から腹を立てていた。
新しい暖房器具を買っても、
「まだ使えるから、返品できるなら返しておいで」
と言う。
「年金もあるだろ。死んだら金なんて使えないぞ」
そう言ったことさえあった。
そんな母の戸棚から、約300万円が見つかった。
高一は思った。
これだけあったなら、もっと食べられた。
暖房も使えた。
服だって買えた。
だが錆びた缶の底に、15年間書き続けられた日記があった。
そこに最初に現れたのは、
「あと980万円」
という数字だった。
数字は974万円、968万円……と少しずつ減っていく。
同時に、
「今月は服を買わない」
「暖房は来月まで我慢」
「肉は高一が来る日だけ」
という記録が続いていた。
調べていくと、父が経営していた小さな金属加工工場は、生前かなり苦しくなっていた。
そして銀行以外からも借金をしていた。
さらに残された書類には、高一の名前、生年月日、当時の勤務先まで記載されていた。
高一自身は何も知らなかった。
母の日記には、
「高一には言わない」
「高一の会社には行かせない」
「あの子の生活には触れさせない」
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