高校時代からの友人・みゆきから、久しぶりに連絡が来た。
喫茶店で会うと、いつも明るかった彼女はひどく疲れた顔をしていた。
原因は、結婚3年目の夫・健だった。
健は結婚前から写真が趣味で、新築した家にもカメラ専用の部屋を作るほど夢中になっていた。
週末に出かけようと誘っても、
「桜を撮りに行くから」
と断られる。
子どものことを話しても、
「写真を撮る時間がなくなるから、もう少し先でいい」
と言われた。
みゆきには、自分よりカメラを優先されているように感じられた。
「私とカメラ、どっちが大事なの?」
そう聞いても、
「どっちも大事だよ」
という答え。
不満が積もったみゆきは、ついに夫が仕事へ行っている間に業者を呼んだ。
そしてカメラや機材をすべて引き取ってもらった。
帰宅した健は、怒鳴らなかった。
ただ部屋を見つめ、
「本当に大切なカメラだったのに」
と呟いた。
その日から健は変わった。
話しかければ返事はする。
食事もする。
けれど笑わない。
怒らない。
泣かない。
さらに翌日から、漫画や小説、野球道具、自分の服まで捨て始めた。
「何してるの?」
と止めるみゆきに、
「俺が物を持つと、君に迷惑がかかるから」
と答えた。
新しいカメラを買っていいと言っても、
「もういいよ。君の好きなテレビを見るから」
としか言わない。
みゆきが望んでいたのは、夫婦で一緒に過ごす時間だった。
なのに目の前にいる健は、ただ隣に座っているだけだった。
そして後になって、みゆきは初めてカメラの一部に込められた事情を知った。
それは、健が子どもの頃に世話になり、尊敬していた男性のコレクションだった。
その人は交通事故で亡くなり、健が一部を引き取って大切に使い続けていたという。
みゆきは泣いた。
「知らなかったでは済まされないよね」
確かに、健にも趣味を優先しすぎた部分はあった。
夫婦で話し合う必要もあった。
でも相手の大切なものを、本人のいない間に勝手に処分することは別の問題だった。
みゆきが壊してしまったのはカメラだけではない。
「自分の大切なものを、この人のそばに置いても大丈夫だ」
という、夫の安心だった。
その後どうすれば元の2人に戻れるのか。
みゆきにも、話を聞いた私にも答えは分からなかった。
ただ一つだけ分かった。
夫婦だからこそ、
理解できないものほど勝手に価値を決めず、
言葉で境界線をすり合わせる必要があるのだと思う。