仕事から帰宅した瞬間、違和感があった。
いつもなら玄関の音を聞いて近づいてくる愛猫がいない。
部屋を探した。
押し入れも、ベッドの下も、窓の周りも確認した。
それでも姿がなかった。
同居していた彼女に聞くと、
「逃げたんじゃない?」
と答えた。
でも猫は勝手に外へ出られる環境ではなかった。
何度も聞くうち、彼女は面倒そうに言った。
「猫なら捨てたよ」
耳を疑った。
さらに彼女は、
「あなたが猫に依存してるから悪いんでしょ」
「そんなに必死になるなんて、依存してる証拠じゃん」
と言った。
私は話を続ける気にもなれず、そのまま猫を探しに出た。
近所を歩き回った。
呼びかけても、見つからなかった。
一晩たっても戻ってこない。
翌朝、ふと思った。
もし彼女が単に外へ放したのではなかったら。
私は保健所へ電話した。
猫の毛色や特徴を伝えると、該当する猫がいると言われた。
彼女がそこへ連れて行っていたのだ。
すぐに迎えに行った。
猫の姿を確認した時、ようやく胸の奥に入っていた力が抜けた。
無事だった。
それだけで十分だった。
そして同時に、もう彼女との関係は終わったとも思った。
もともと猫は彼女に懐いていなかった。
彼女が近づくと逃げ、私のそばへ隠れることもあった。
彼女はそれを面白く思っていなかったのかもしれない。
けれど、嫉妬していたとしても、気に入らなかったとしても、命を勝手に処分していい理由にはならない。
私が別れを告げると、彼女は最後まで、
「猫くらいでそこまで怒るなんて信じられない」
「やっぱり猫に依存してるじゃん」
と言った。
その言葉で、逆に迷いはなくなった。
問題は、
猫と彼女のどちらが大事だったかではない。
私が責任を持って飼っている命を、私に何も言わず、自分の判断だけで捨てたこと。
そして無事に戻った後でさえ、それがどれほど重大だったのか理解しようとしなかったことだった。
彼女には家を出てもらった。
その後も連絡が来たため、私は連絡先を変え、引っ越した。
猫は今も元気に暮らしている。
毎日、何事もなかったような顔でそばにいる。
あの日もし見つけられなかったら、と考えることはある。
だからこそ今は思う。
大切なのは「ペットを大事にするかどうか」だけではない。
相手が大切にしているものや命を、
自分には価値が分からないからと勝手に壊さないこと。
それができない相手とは、
どれだけ一緒にいた時間が長くても、安心して暮らすことはできない。