リサとダンは、結婚と同時に2LDKの部屋で暮らし始めた。
同棲経験のなかったリサは、引っ越しの日になって初めて夫の大量の鉄道模型を知った。
1室はほぼ模型専用。
線路をつなぎ、建物を置き、新しい車両を増やしていく。
最初は「趣味なら仕方ない」と思っていた。
だが次第に不満が積もった。
友人を家へ呼びにくい。
金曜の夜に外食へ誘っても、
「今日は模型のアップデートをするから」
と断られる。
リサには、夫が自分より模型を優先しているように見えた。
「少し処分してくれない?」
そう頼むと、ダンは、
「近いうちに減らすよ」
と答えた。
しかし1年たっても模型は減らない。
むしろ増えていった。
そしてある土曜日。
夫が仕事へ出たあと、リサは買取業者を呼んだ。
「本当に大丈夫ですか?」
と確認されたが、
「お願いします」
と答えた。
その日だけで、コレクションの約6割が運び出された。
帰宅したダンに、
「1年待ったから処分してもらった。残りも後日お願いするから」
と伝えた。
怒鳴られると思っていた。
だがダンは何も言い返さなかった。
ほとんど空になった模型部屋で横になり、
「ここまで俺が物を集めることが、君には迷惑だったんだね」
と呟いただけだった。
翌朝、異変が起きた。
ダンは服を捨て始めた。
本も、家具も、娯楽品も。
クローゼットには数着しか残さない。
買い物へ行っても、自分の物を買わなくなった。
理由を聞くと、
「何を買っても、リサの機嫌を損ねたら捨てられるかもしれないから」
と言った。
リサが望んでいたのは、模型の時間が夫婦の時間へ変わることだった。
だが実際には逆だった。
ダンは模型だけでなく、生活そのものから楽しみを失っていった。
夫婦の距離は以前より遠くなった。
そこでようやくリサは、自分がしたことの意味を考えた。
「私、最低なことしたよね」
自分の大切な物まで捨てようとすると、ダンは止めた。
「リサの大切な物を捨てても、俺の模型は戻ってこない」
その一言が胸に刺さった。
リサは少しずつ、売ってしまった模型を買い戻した。
完全には元通りにならない。
それでも1か月後、集められるだけ集めて夫に見せた。
するとダンも、自分で少しずつ買い直していた。
「俺も集めすぎてた。普通の旦那になるよ」
そう言う夫に、リサは首を振った。
自分が好きになったのは、鉄道模型を楽しそうに眺めていたダンでもあった。
相手の趣味を理解できないことと、相手の大切な物を勝手に奪うことは違う。
2人はようやく、量やお金、夫婦の時間について話し合うようになった。
夫婦だから同じ価値観になる必要はない。
違うからこそ、
「相手にとって何が大切なのか」
だけは、勝手に決めてはいけないのだ。