癌の診断書を握りしめて帰宅した夜、私は玄関で靴も脱げずに立ち尽くした。寝室の奥から聞こえたのは、夫と義理の妹が「私の財産」をどう動かすかを話し合う声だった。「治療費は別にして、名義を変えれば気づかれない」。慰めを求めて帰ったはずの家で、私は“人”ではなく“金”として数えられていた。涙は出ない。ただ背中に冷たい汗が伝い、胸の奥が音もなく割れていくのが分かった――ここから先、私は黙って消耗するだけの妻ではいられない。
結婚して五年、私は夫と、その家にいる義理の妹を「家族」として受け入れてきた。事情があるのだと聞かされ、同居も当然のことのように始まった。私は食事を作り、洗濯をし、二人の予定に合わせて生活を組み立てた。夫は感謝を口にすることもあったし、義理の妹も最初は礼儀正しかった。私はそれで十分だと思っていた。
ところが、私の体が先に限界を迎えた。検査結果は癌。医師の説明を聞いている間、頭の中が白くなり、帰り道の景色だけがやけに鮮明だった。「怖い」と言えば誰かが抱きしめてくれる、そう信じて家に戻った。玄関の灯りを見た瞬間、私はようやく泣けそうになった――はずだった。
聞こえてきたのは、笑い声と、紙の擦れる音。
そして、私の名前。私は息を殺して廊下に立ち、扉の前で耳を澄ませた。二人は不倫関係にあるらしいことを、隠しもしない口ぶりで話していた。さらに、私が独身時代に貯めたお金や、治療のために用意していた資金を、少しずつ動かしていることまで口にした。「今のうちに分けておけば安心」「弱ってるから気づかない」。その一言で、私の中の何かが凍った。
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