夫が急死した翌日、私は喪服のまま玄関で固まった。戸口に立っていたのは見知らぬ女と幼い子、そして女の手首には翡翠の腕輪。女は淡々と言った。「私、彼の恋人です。この子は彼の子。相続の話をしに来ました」。さらに、信じられない言葉を続ける――「離婚は迫りませんでした。だから私、良心的な愛人でしょ?」。私は妊娠中、義母は重病、家には借金の督促。
慰めを求める暇もなく、遺産の取り分だけが切り取られていく。
夫は仕事帰りに倒れ、そのまま戻らなかった。手続きは雪崩のように押し寄せ、病院、役所、葬儀、義母の看病。私はお腹の子を守るためにも気丈に振る舞うしかなかった。夫が遺したのは家族の未来ではなく、外債の明細と、支払い期限の赤い印だった。
そんな私の前に、女は“証拠”として腕輪を差し出した。「彼から預かった。代々の形見だって言ってた」。そして子どもの出生に関わる書類の写しを見せ、「法的な取り分がある」と主張した。口調は丁寧なのに、目は計算している。彼女は関係が長かったことを匂わせ、「私は奪うつもりはなかった」「結婚を壊したくなかった」と言い張った。
けれど次の一言で、私は底が抜ける感覚を覚えた。「私、離婚を迫らなかったから“良心的”ですよね」。
私は冷静に返そうとした。「相続の話は、手続きに沿って進めます。第三者を通してください」。しかし女は笑った。「大げさにしないで。私も生活があるし、借金だってあるなら尚更。分けるのが公平」。その“公平”という言葉が、私の現実を踏みにじった。
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