毎月15日の夜になると、夫のスマートフォンが鳴る。表示されるのは、連絡先に登録されていない携帯番号だった。夫は決まって寝室にこもり、一時間ほど誰かと静かに話し続ける。
「仕事の相談だよ、気にしなくていい」
最初はそう言われて、深く疑わなかった。けれど家計簿をつけるようになって、あることに気づいた。同じ月の、決まって15日の少し前に、夫婦共通の口座から3万円が引き出されている。
使途の記載はどこにもなかった。
「これ、何に使ったの」
そう聞くと、夫は珍しく言葉を詰まらせた。「ちょっと、事情があって」とだけ言って、それ以上は話そうとしなかった。追及すればするほど話題をそらされ、私はどう聞けばいいのか分からないまま、半年ほどが過ぎていった。
ある夜、いつものように寝室にこもった夫の声が、ドア越しに少しだけ漏れ聞こえてきた。「来月の入学金、あといくら足りない?」という一言と、続けて口にされた名前に、私は思わず足を止めた。
それは、五年前に病気で亡くなった、夫の弟の名前だった。
夫が電話を終えたあと、私は思い切って尋ねた。「さっきの電話、亡くなった弟さんの話?」夫は観念したように、長く息を吐いてから話し始めた。
弟には、当時まだ小学生だった一人息子がいた。今は高校三年生になり、地方で母親と二人暮らしをしながら、大学進学を目指しているのだという。母子家庭で経済的に厳しいことを知った夫は、弟が亡くなって以来、甥の学費の足しにと、毎月こっそり仕送りを続けていた。
「なんで、言ってくれなかったの」
そう聞くと、夫は少し苦しそうな顔をした。
実は弟が生きていた頃、夫の実家では遺産の分け方をめぐって、家族の間に長く消えない溝ができていたのだという。その苦い記憶を、私や子どもたちに知られたくなかった。援助のことを話せば、その古い確執まで蒸し返すことになる気がして、一人で抱え込んでいたそうだ。
「もっと早く言ってくれればよかったのに」
私はそう言いながらも、亡き弟への責任を、誰にも頼らず十数年近くも一人で背負ってきた夫の姿に、少し胸が痛んだ。
その夜から、我が家では甥の進学のことを、夫婦二人で話し合うようになった。次の15日、夫は寝室ではなく、リビングで電話をかけていた。