「うん、合格。君、ちゃんと責任者に代わったね」
予約電話の向こうで、年配の男性が満足そうに笑った。
その瞬間、私は握っていた受話器に力を込めた。
少し前、仕込み中の私に、アルバイトの女の子が涙目で駆け寄ってきた。
「店長、すみません。お客様が怒っていて……私の対応が悪かったみたいです」
声は震え、顔色も真っ青だった。
普段の彼女は明るく、電話応対も丁寧だ。
新人だった頃から何度も練習し、今では安心して任せられるスタッフだった。
私は火を止め、電話を代わった。
「お電話代わりました。責任者です。何か不手際がございましたでしょうか」
すると男性は悪びれる様子もなく言った。
「別に不手際はないよ。初めて行く店だから、店員がきちんと責任者へ代われるかテストしただけ。君の店は合格だ」
私は一瞬、言葉を失った。
つまり、この人は予約をするためではなく、店員を試すためだけに怒鳴ったのだ。
「スタッフに、どのような言葉をかけましたか」
「ちょっと強めに言っただけだよ。そのくらいで泣くなら接客業に向いてないんじゃない?」
後ろを見ると、女の子はエプロンの端を握りしめ、必死に涙をこらえていた。
私は声を荒らげず、ゆっくり答えた。
「当店は、お客様に料理を提供する店です。スタッフが理不尽な叱責に耐えられるかを試す場所ではありません」
男性は鼻で笑った。
「冗談も通じないのか。客を選ぶつもりか?」
「はい。スタッフを傷つけて楽しむ方のご予約は、お受けできません」
私は予約名と電話番号を確認し、今回の予約を断ること、今後も同様の目的での利用は受け付けないことを伝えた。
すると男性は突然声を荒らげた。
「責任者のくせに、客に向かってその態度は何だ!」
「先ほど、不手際はなかったとご自身でおっしゃいました。そのうえでスタッフを泣かせた。これは接客への苦情ではなく、意図的な威圧です」
電話の向こうが静かになった。
「では、失礼いたします」
そう告げて電話を切り、着信履歴と会話の内容を記録した。
女の子は「私のせいで予約を断ってしまって……」と謝った。
私は首を振った。
「あなたは何も悪くない。責任者へ代わるという正しい対応をした。守るのは予約1件ではなく、ここで働く人たちだよ」
数日後、彼女はまた予約電話に出た。
声は少し緊張していたが、最後まで落ち着いて応対できた。受話器を置いたあと、こちらを見て小さく笑った。
問題の男性からは、その後1度も電話がなかった。
予約を1件失ったことに後悔はない。
客だから何をしても許されるわけではない。働く人の尊厳を守れない店に、良い接客などできないのだから。