「お前、頭がおかしいんじゃないか。病院へ行けよ」
夫にそう吐き捨てられた夜、私は何も言い返せなかった。
忘れ物が多い。話の途中で別のことを始める。片づけも苦手。自分でも「もしかしたらADHDなのかもしれない」と思っていたからだ。
それでも、心配ではなく侮辱として言われたことが悲しかった。
数日後、私は専門の病院を予約した。問診票を書き、これまでの生活や仕事、困っていることを医師に説明した。
検査も受け、後日、夫にも同席してもらった。
診察室で医師は結果を見ながら、穏やかに言った。
「傾向はあります。いわゆるグレーゾーンと考えることもできます。ただ、仕事を10年以上続けられていますし、ご本人なりに工夫して生活してこられたのでしょう。現時点で、この程度を障害と断定する必要はありません」
その言葉を聞いた瞬間、涙がこぼれた。
私はずっと、自分が怠け者で、普通のこともできない駄目な人間なのだと思い込んでいた。
ところが夫は納得できないようだった。
「つまり、障害ではないんですか? 家では本当におかしな行動が多いんですよ」
夫の苛立った声が診察室に響いた。
医師は私ではなく、夫の顔を静かに見た。
「ご本人が生きづらさを感じているなら、支援や治療を検討できます。ただ、“障害”という言葉は、相手を責めるためのものではありません。周囲に理解してもらい、必要な助けを受けるための言葉です」
夫は腕を組んだまま、何も答えなかった。
すると医師は続けた。
「ご主人は、奥様を助けるために今日いらしたのでしょうか。先ほどからかなり苛立っているようですが、すぐ怒鳴る、相手を侮辱する、感情を抑えられないことについて、ご自身が相談してみようとは思いませんか?」
夫の表情が固まった。
「いや、問題があるのは妻のほうで……」
「家庭で困り事が起きたとき、原因を1人だけに押しつけても解決しません。奥様は10年以上働き、自分なりの対策も続けています。では、ご主人は何を工夫しましたか?」
診察室が静まり返った。
帰りの車でも、夫はずっと無言だった。
その夜、夫は初めて小さな声で謝った。
「病気だと決めつけて、責めればいいと思っていた。
俺の言い方もおかしかった」
すぐにすべてが変わったわけではない。
それでも夫は後日、自分の怒り方について相談を受けることを決めた。私たちも、忘れ物は共有メモで確認し、困ったことは怒鳴らず具体的に伝えるというルールを作った。
病院へ行ったことで、私に無理やり病名がついたわけではなかった。
代わりに明らかになったのは、私だけが一方的に責められる関係こそ見直す必要があるということだった。
あの日、医師が守ってくれたのは診断名ではない。
「あなたは頭がおかしい人ではない」と思える、私の尊厳だった。