終電の車内は、昼間が嘘のように静かだった。
疲れた乗客たちが黙ってスマートフォンを見つめる中、私の隣から小さな嗚咽が聞こえてきた。
見ると、80歳くらいのおじいさんが俯き、声を殺して泣いていた。握りしめたハンカチで何度も目元を押さえているが、肩の震えは止まらない。
迷った末、私は小声で尋ねた。
「あの……大丈夫ですか?」
おじいさんは驚いたように顔を上げた。
目は真っ赤だった。
「すみません。80歳にもなって、みっともないですね」
「そんなことありません。何かあったんですか?」
しばらく窓の外を見つめていたおじいさんは、やがてぽつりと話し始めた。
「今日、息子に会いに行ったんです。10年ぶりに」
10年前、親子は激しい口論をした。互いに引くことができず、言わなくてもいい言葉までぶつけ合った。
その日から電話はなくなり、手紙も来なかった。
何度も連絡しようと思った。けれど、「今さら父親面をするな」と拒絶されるのが怖くて、受話器を取ることさえできなかったという。
月日だけが過ぎ、気づけば自分も80歳になっていた。
「このまま会えずに人生が終わったら、きっと後悔すると思いましてね」
おじいさんは震える手で、折り畳まれた小さな紙を見せた。そこには息子さんの住所が書かれていた。
今朝、その紙を握りしめ、何度も引き返しそうになりながら息子さんの家へ向かった。
玄関前に立っても、すぐには呼び鈴を押せなかった。
帰れと言われても仕方がない。
顔だけ見たら、何も言わず帰ろう。
そう覚悟して、ようやくボタンを押した。
扉を開けた息子さんは、白髪の増えた父親の顔を見た瞬間、その場に立ち尽くした。
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