私は「幸」という名前をもらった。
母は「自分が幸せになり、周りの人にも幸せを分けられる人になってほしい」と願って、この名前をつけたのだという。
けれど、幼い頃の私はその名前が嫌いだった。
父が突然家を出て行ったからだ。
「本当の愛を見つけた」
そう言い残し、父は別の女性のもとへ行った。
母はきっと気づいていたのだろう。それでも私たち姉妹のために、家庭を守ろうとしていた。
父がいなくなるまで、私は両親が不仲だったことすら知らなかった。
母は自分の幸せより、子どもの幸せを優先した人だった。
そんな母を支えたのが、三歳年上の姉・地下だった。
地下は明るくて優しく、何でも前向きに考えられる人だった。
家事を手伝えば、
「幸、ありがとう。助かったよ」
「昨日より早く料理の準備ができたね。本当にすごいね」
と、必ず褒めてくれた。
本当なら地下一人でやった方が早いことも多かったはずだ。
それでも地下は、私に「誰かの役に立つ喜び」を教えてくれた。
母と地下がいてくれたから、私は貧しくても幸せだった。
しかし、そんな日々は長く続かなかった。
私が中学三年生、地下が高校生になった頃、母が事故で亡くなった。
朝、「行ってらっしゃい」と送り出した母が、二度と帰ってこない。
初めて経験する葬儀に、私は何もできず立ち尽くしていた。
一方、地下は悲しみをこらえながら、大人たちに頭を下げ、手続きを進めていた。
その後、私たちは児童養護施設で暮らすことになった。
施設生活は厳しかった。
決まり事を覚えるのが苦手だった私は、いつもメモを取りながら必死についていった。
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引用元:https://www.youtube.com/watch?v=2wCZebrz0Qw,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]