同窓会で再会するなり、あの男は昔と同じように振る舞っていた。「帰れよ貧乏人」。そう言うと、コップのビールを頭からかけてきた。だがこの男はまだ知らない。30分後、自分の人生が終わることを。
思えば全ての始まりは30年前、小学校の教室だった。母子家庭で育った僕は、ガムテープで補修した靴を笑われ、社長の息子である同級生・高嶺から給食の牛乳をかけられたこともある。
「母ちゃんの店を潰すぞ」。そう脅されては、宿題を代わりにやらされる日々。それでも僕は一度も言い返さなかった。母の頑張りまで一緒に笑われるのだけは嫌だったからだ。ただ一人、同級生のしおりだけは、いじめを見ても一度も笑わず、いつも静かに冷めた目で高嶺を見ていた。
反撃を決めたのは、夏休みの自由研究を「お前がやれ」と押し付けられた時だった。僕はいじめの記録を密かに集め、それを自分の自由研究として発表することにした。日付と写真付きの証拠を前に、高嶺の言い逃れは一つずつ崩れていった。教室の後ろにいた高嶺の父親、大東亜の社長は我が子を叱りつけ、僕にその場で土下座させた。拍手は起きなかったが、しおりだけが静かに口元を隠していたのを覚えている。
あれから15年。僕は平社員から実力だけでのし上がり、今ではとある持株会社のCEOになっていた。実は、グループ会長に認知されない隠し子として、母一人の手で育てられていたのだ。一方の高嶺は、親の七光りだけで大東亜の役員に収まり、働かずに高額な報酬を受け取っていた。
同窓会での再会でも、高嶺は変わらず僕を見下し、ビールをかけて笑いものにしようとした。
「日本を代表する企業の役員だ」と胸を張る高嶺に、僕はただ電話を一本かけた。
30分後、会場に現れたのは高嶺の父親だった。父親は僕の前で深々と頭を下げた。「大東亜はグループ124社のうち37番目の規模に過ぎません」。それを聞いた高嶺は言葉を失った。僕は静かに告げた。「勤務実態のない役員報酬には、株主として監査を入れさせていただきます」。
さらにその場で、ずっと片思いだった同級生・しおりが口を開いた。「私は子供の頃から、人をいじめてしか自分を大きく見せられないあなたを、軽蔑していたの」。そして僕との交際と、来春の結婚を皆の前で報告した。
その後、高嶺は職を失い、父親にも見放され、やがて心を病んで町を彷徨うようになったと聞いた。彼のベッドの下には、ガムテープで巻かれた古い靴が残されていたという。