十五年ぶりに、その喫茶店を訪れた。
昔、母とよく通った店だった。
木の扉。
少し暗い照明。
棚に並ぶ紅茶缶。
店内には、懐かしい茶葉の香りが漂っていた。
「まだ残ってたんだ……」
胸が温かくなった。
母はミルクティーが好きだった。
昔の店主は、母がミルクを入れるたびに笑っていた。
「好きな飲み方が一番ですよ」
その言葉を、今でも覚えている。
私は窓際の席へ座り、分厚いメニューを開いた。
ところが、数ページ読んだところで手が止まった。
「キャンディ ケニルワース茶園」
説明の最後には、
「味がない」
別の紅茶には、
「同じ値段のキームンでも飲んだ方がいいです」
「たいして褒めるところもない茶なのに、なぜか通ぶった人が飲むことがある。謎」
私は思わず顔を上げた。
これ、本当に客へ見せる文章なのか。
冗談にしても、笑えない。
さらにページをめくると、質問欄があった。
「ミルクに合う茶葉は何ですか?」
答えは、想像以上だった。
「逆に聞きます」
「ちゃんと淹れたお茶は、ミルクにも砂糖にも絶対に合いません」
そして最後には、
「せっかく淹れた緑茶に砂糖やミルクを入れたら、ぶん殴られると思います」
「食べ物で遊ぶのはやめましょうね」
私はメニューを閉じた。
まだ一口も飲んでいないのに、口の中が苦かった。
客は紅茶を注文しに来たのか。
説教を受けに来たのか。
分からなくなった。
店員を呼び、静かに尋ねた。
「注文する前に、帰っても大丈夫ですか?」
奥から出てきたのは、五十代ほどの男性だった。
昔の店主の息子だと、すぐに分かった。
面影があった。
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