加治木達也、26歳。
高校時代に大病を患い、長い入院生活の末、高校を中退した。
今は体調も回復し、会社で営業事務として働いている。
だが職場では、学歴だけで見下されていた。
特に大卒の後輩2人は露骨だった。
「中卒はお茶でも汲んでてください」
「無能は邪魔です」
担当していた伝票処理を勝手に引き取られ、コピーを取れば「電子化の時代なのに」と笑われた。
それでも達也は言い返さなかった。
電話を取る。
書類を確認する。
発注漏れを防ぐ。
クレーム表を残す。
他部署であっても困っていれば対応する。
地味な仕事を毎日続けた。
帰宅が21時を過ぎる日も珍しくなかった。
そんな時、妹の知人が経営するアクセサリー販売会社から、
「うちで働いてほしい」
と誘われた。
小さな会社だったが、急成長して人手が足りない。
そして何より、
「あなたが必要です」
と言ってくれた。
達也は転職を決めた。
退職を伝えると、後輩たちは喜んだ。
「中卒がいなくなって清々しました」
達也はそのまま会社を去った。
新しい職場では、経費入力、伝票整理、発送補助などを任された。
入院中に時間を使って勉強していたため、簿記や表計算ソフトの知識もあった。
散らかっていた事務作業は少しずつ整理され、経営者たちが深夜まで残る日も減っていった。
一方、前の職場では異変が起きていた。
来客が来ても誰もお茶を出さない。
電話が鳴っても、
「自分の部署じゃありません」
と誰も取らない。
伝票には金額や区分のミス。
必要な資料は更新されない。
発注漏れまで起き始めた。
「こんなこともできないのか!」
上司から叱られた後輩は不満そうに言った。
「でも、加治木さんだってやってた仕事ですよね?」
その通りだった。
ただし誰も、
達也が「誰でもできる仕事」をいくつ同時に拾い、
どれだけ職場の穴を埋めていたかを見ていなかった。
後になって総務部長は漏らした。
「彼が辞めて初めて分かった人が多いみたいね」
達也自身は、もう戻るつもりはなかった。
新しい会社では正式に社員となり、
「達也さんが来てから、ちゃんと帰れるようになった」
と言ってもらえるようになったからだ。
学歴は、確かに履歴書に残る。
でも職場で最後に残る評価は、
誰が困った時に動いたか。
誰が見えない仕事を拾ったか。
そして誰と一緒に働きたいと思われたか。
達也が転職して初めて、前の職場はその違いに気づいた。