あの藤色の振袖は、私にとってただの着物ではなかった。
母子家庭で育った母のために祖母が用意し、成人式では母が着た。
そして20歳になった私も、同じ振袖を着た。
だから母を亡くした後は、形見として大切に保管していた。
結婚した年の暮れ、夫と義母から頼まれた。
夫の15歳年下の幼馴染・裕子が成人式を迎えるが、振袖を用意できないという。
最初は断った。
それでも、
「俺の大切な幼馴染なんだ」
「かわいそうだと思わないの?」
と何度も頼まれ、最後には折れてしまった。
「これは母の形見だから。必ず返してね」
そう約束して貸した。
ところが成人式が終わり、春になっても戻ってこない。
5月、夫に確認させると、
「裕子、もらったと思って売っちゃったって」
私は耳を疑った。
裕子本人を問い詰めても、
「もらったと思ったんだから仕方ないじゃん」
と言うだけ。
さらに夫まで、
「悪気はなかったんだから大人になって許してやれ」
と彼女をかばった。
私は別居を決め、自分で振袖を探し始めた。
ようやく売却先の質屋を突き止めたが、振袖はすでに売れていた。
なけなしの貯金を使ってでも買い戻すつもりだった私は、目の前が真っ暗になった。
すると質屋の主人が、事情を聞いて購入者へ連絡してくれた。
紹介された先は、老舗の呉服店だった。
そこで若旦那に事情を話すと、思いがけない事実が判明した。
その振袖は、何十年も前に祖母が母のため、その呉服店で仕立てたものだった。
古い納品記録まで残っていた。
さらに後の話し合いでは、母の写真と私の成人式写真に残る同じ染み、祖母名義の納品書、そして裕子が振袖を売った店の記録まで揃った。
裕子は「自分の物だと思った」と主張していた。
しかし売却時の映像には、
「もっといいもの借りてくればよかった」
と口にする姿が残っていた。
最初から借り物だと分かっていたのだ。
そして問題は振袖だけでは終わらなかった。
呉服店の女将から、
「この前、お義母様が別の若い女性を“息子の嫁になる人”と紹介していましたよ」
と聞かされた。
調べて分かった。
その女性こそ裕子だった。
夫と裕子は以前から関係を持ち、義母もそれを知っていた。
私は証拠を揃え、離婚を選んだ。
そして何より大切だった振袖も、巡り巡って私の元へ戻ってきた。
あの時、夫と義母に押し切られたことは今でも悔やんでいる。
でも1つだけ分かった。
本当に失いたくないものを守る時、
「家族だから断れない」という理由で、自分の違和感まで手放してはいけないのだ。