22歳のリオにとって、その古い腕時計は宝物だった。
2年前、病気で亡くなった母・美代子の形見。
有名ブランドでもなければ、見た目もかなり古い。
それでも就職の最終面接の日だけは、母にそばにいてほしくて腕につけていった。
リオは母子家庭で育った。
父のことを尋ねても、母は最後まで詳しく話さなかった。
生活に余裕はなく、大学も奨学金とアルバイトで通っている。
それでも母と同じ大学で学び、第一志望の会社の最終面接まで残った。
ところが面接官は、リオの時計を見ると態度を変えた。
「ずいぶん汚い時計だね」
母の形見だと説明しても、笑われた。
さらに父がいないと知ると、
「そんな家庭で本当にその大学へ通えるの?」
「経歴も嘘なんじゃないか」
とまで言われた。
リオは大学へ確認してほしいと頼んだ。
だが面接官は聞こうとしない。
「もう帰ってくれる?」
ここまで来るために、生活費を削った。
アルバイトの時間も調整し、面接対策を続けた。
それなのに、時計と家庭環境だけで全部を否定された。
諦めて立ち上がった時、社長が部屋へ入ってきた。
面接官は得意げに言った。
「経歴詐称を見抜いたところです。
この安物の時計を見れば分かりますよ」
すると社長は時計を見たまま動かなくなった。
「その時計を、もう一度見せてくれ」
そして尋ねた。
「お母さんの名前は?」
「美代子です」
社長の表情が崩れた。
若い頃、社長と美代子は交際していた。
しかし社長に長期の海外赴任が決まり、美代子は彼の将来を邪魔したくないと別れを選んだ。
その時、社長がまだお金のない頃に美代子へ贈ったもの。
それが、リオの腕に残っていた時計だった。
美代子は妊娠していることを告げなかった。
社長も、自分に娘がいるとは知らなかった。
その後の確認によって、2人が親子であることも分かった。
リオは初めて、自分の父親を知った。
社長もまた、22年間知らなかった娘と出会った。
最終面接の日。
古びた時計を「汚い安物」と笑った人がいた。
一方で、その傷だらけの時計を見ただけで、22年前の大切な人を思い出した人もいた。
時計そのものの値段は、最後まで重要ではなかった。
母が大切に使い、娘へ残した。
そして母が言葉にしなかった過去まで、ずっとつないでいた。
リオにとってそれは最初から、
どんな高級時計よりも価値のある1本だった。