両親が亡くなったあと、60代の兄弟に残されたのは、生まれ育った大阪の実家だった。
建物は自分たちの家だが、土地は借りている。
土地の持ち主も亡くなり、次の世代へ変われば話がさらに複雑になるかもしれない。
だから兄弟は、実家を片付けて建物を解体し、土地を返すことにした。
決断までには時間がかかった。
葬儀を終え、墓じまいも済ませ、仏壇についても整理した。
そのたびに家族で話し合った。
男性は言った。
「もう、ちょっと疲れました」
維持している間は借地料もかかる。
建物には固定資産税もある。
子どもたちに聞いても、
「自分たちの代では片付けられない」
という答えだった。
それでも、片付けの日を迎えると気持ちは簡単ではなかった。
作業員が家具や食器を次々と運び出す。
父と母がいつも座っていた場所も空になる。
古い手紙。
着物。
アルバム。
家族で応援していた阪神タイガースのグッズ。
2003年の優勝を思わせる記念品まで出てきた。
「これは残しますか?」
そう聞かれるたび、思い出と現実の間で選ばなければならない。
アルバムの多くは「もういいです」と処分を決めた。
けれど、すべてを機械的に捨てられるわけではなかった。
「壊したくないと思いますか?」
そう尋ねられると、男性は素直に答えた。
「それは思いますよ」
土地まで自分たちのものなら、そのまま残すという選択もあったかもしれない。
だが家は築60年ほど。
途中で増築もされ、耐震面でも今後使い続けるのは難しかった。
さらに解体費用は約170万円。
家財整理まで合わせれば、実家を閉じるだけで総額は約200万円になるという。
決して小さな金額ではない。
それでも兄弟は進めることを選んだ。
「親ができなかったことを、今度は自分の子どもにやらせたくない」
それが大きかった。
約3時間後。
物でいっぱいだった家は空になった。
男性は室内を見渡し、
「これで心置きなく解体できます」
と作業員へ頭を下げた。
実家じまいは、思い出を捨てることではない。
残された家をどうするかという決断まで、次の世代へ残さないことなのかもしれない。
200万円を払って手放したのは、ただの古い建物ではなかった。
両親が亡くなったあとも続いていた「実家をどうするか」という長い宿題だった。