11月17日、午前0時13分。
妻は手術室で、生死の境をさまよっていました。
緊急帝王切開が終わった直後、急に血圧が落ちて、
ベッドの上で妻の体がガタガタ震え出したんです。
真っ赤な血がシーツに広がっていくのを見ながら、
俺は氷みたいに冷えたその手を、ただ必死に握っていました。
頭の中には、ここ数年のケンカばかりがよみがえります。
言わなくていい一言。
「あとでやろう」と流してきた約束。
本当は感謝していたのに、素直に言えなかったこと。
「大丈夫、大丈夫。すぐ戻ってくるから」
そう笑ってみせたけど、
あのときの俺の顔はきっと引きつっていたと思います。
突然、病棟に響いたアナウンス。
「コードブルー、産科病棟――」
白衣のスタッフが一気に走り込んできて、
妻の周りは一瞬でモニターと機械と人の壁に変わりました。
額にそっとキスをしながら、心の中で何度も手を合わせました。
「どうか…連れて行かないでください。
神様でも仏様でも、ご先祖さまでもいい。
この人だけは、まだ連れて行かないでください」
ふだんは神社もお墓参りも、
「忙しいからまた今度」でごまかしてきたくせに、
こういうときだけ必死で祈っている自分が、情けなくてたまらなかったです。
産まれたばかりの息子の顔も、落ち着いて見てやれませんでした。
「父親だから、しっかりしなきゃ」
頭では分かってるのに、心の中では
「誰か、俺を子どものみたいに抱きしめてくれ」と叫んでいました。
看護師さんに連れられて新生児室に行く途中、廊下で母と鉢合わせしました。
記事はまだ終了していません。次のページをクリックしてください