20年前、私は元夫と気持ちがすれ違い離婚しました。8歳だった息子は私についてくることを選び、ほどなく元夫は地方へ転勤して再婚。以来ずっと、私は一人で息子を育ててきました。再婚なんて考えたこともなく、ただ息子を一人前にすることだけを願っていました。
当時私は、団地の近くにある小さな定食屋で働いていました。まかない付きで住み込みみたいな形で、毎月の給料は、息子の学費と生活用品に充て、残りは万が一に備えて貯めていました。
息子は小さい頃から本当にいい子で、私が大変なのをわかってくれていました。学校から帰るとまず宿題をして、終わると自分でやることを見つけて、私の手伝いをしたり、借りていた部屋を掃除したり。友だちと食べ物や服を比べたり、ねだったりしたことは一度もありませんでした。
ある冬の夜、息子が真夜中に高熱を出しました。40度近くまで上がって、私は気が気じゃなく、背中に背負って病院へ走りました。アパートから病院までは遠く、その時間はバスもなく、私は一歩一歩歩くしかありませんでした。雪の上に不揃いな足跡を残しながら、背中の息子は朦朧としつつ「お母さん…」と呼ぶ。私は歯を食いしばって止まらず、ただ「この子に何かあったらだめだ」それだけで歩き続けました。
病院に着いて、受付、支払い、点滴…気づけば夜が明けてやっと座れました。熱が下がり、息子が安らかに眠る顔を見て、ようやく自分の手が真っ赤に凍えていることに気づきました。靴の中まで濡れていました。
息子が中学生になると勉強が大変になり、私はスーパーの品出しの仕事に変えました。早めに上がれて、家で待っていられるからです。毎晩、うどんを作ったり、おかゆを炊いたりして、帰ってきたときに温かいものが食べられるようにしました。
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